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東京地方裁判所 平成11年(ヨ)21196号 決定 2000年6月01日

債権者

小野紀代子

右代理人弁護士

菅原信夫

債務者

東京都土木建築健康保険組合

右代表者理事長

吉原磯吉

右代理人弁護士

寺前隆

牛嶋勉

清水三郎

主文

一  債権者の申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

一  債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成一一年七月一日から本案判決の確定に至るまで、毎月二〇日限り、金五二万五六九一円を仮に支払え。

第二事案の概要

本件は、債務者から解雇された債権者が、解雇は無効であるとして、労働契約上の権利を有する地位の仮の確認と、賃金の仮払を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  債務者は、東京都所在の土木建築を業とする事業主がその従業員を被保険者として共同して設立した健康保険組合(厚生大臣の認可を受けて設立された公法人)である。

2  債権者は、昭和四八年四月一日債務者に雇用され、平成一一年六月当時は業務部業務課に配属されていた。

3  債務者は、平成一一年五月二八日付け通知書をもって、就業規則三〇条一項二号を適用して、債権者を同年六月三〇日付けで解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という)。

4  債務者の就業規則三〇条一項は次のとおり定めている。

次の各号の一に該当するときは、三〇日前に予告するか又は三〇日分の平均賃金を支給したうえ解雇する。

(一) 精神又は身体に障害があるか若しくは虚弱、老衰、疾病のため業務に支障があるか又は業務にたえられないと認めたとき。

(二) 法令又は定員の改廃若しくは予算の減少により廃職又は過員を生じたとき。

二  当事者の主張の要旨

1  債務者

(一) 債権者を解雇した理由

(1) 債権者の勤務状況・勤務実績は、次のとおり、極めて劣悪であった。

ア 勤務状況

債権者は、始業時刻にルーズで、再三遅刻を繰り返し、有給休暇の取得の点でも、就業規則の定め、あるいは上司の指導を無視する行為を繰り返すなど、社会人としての常識に欠ける勤務態度であった。

イ 債権者の勤務実績

(ア) 債権者は、業務処理における几帳面さ、慎重さに欠け、単純ミスが著しく多かった。

(イ) 債権者は、勤続年数は長いものの、業務についての知識、理解をほとんど身に付けておらず、そのため、再三再四ミスを繰り返していた。

(ウ) 債権者は、業務処理が他の職員に比べて異常に遅く、そのため、迅速に行うべき支給決定が大幅に遅れ、あるいは遅れを懸念した債務者が担当業務を特に軽減せざるを得ない有様であった。

(エ) 債権者は、上司の注意や指導に謙虚に耳を傾けず、反省する姿勢を最後まで全く持つに至らなかった。

(2) 債務者は、債権者の状態を改善させるために、配置転換をするなど、使用者として可能な限りの配慮を行い、あるいは日常的に注意・指導に努めてきたが、債権者の勤務状況、勤務実績は全く改善しなかった。

(3) 債務者は、債権者の生活への影響等を勘案し解雇を控え、同人の雇用を維持してきたが、近年著しく業績が悪化し、その存続維持・再建のため被保険者、事業所に対して今後、従前にも増して大きな負担、協力を求めざるを得ない状況となった。

(4) そこで、債務者は、余剰で勤務成績の芳しくない債権者の雇用をこれ以上維持できないと判断し、債権者を解雇することとした。

(5) 債務者が就業規則三〇条一項二号を適用したのは、債務者の業績が著しく悪化し、債権者が明らかに過員となったためである。同号の趣旨は、法令上の制約又は財政上のやむを得ない理由が存する場合には人員削減を認めようとするものであるから、同号は、財政上の理由あるいは事実上の定員の削減等により「過員を生じたとき」と解すべきであり、本件もこれに該当する。

(二) 不当労働行為との債権者の主張について

本件解雇は、債権者の組合活動とは関係がない。

2  債権者

(一) 整理解雇の要件の不具備

(1) 債務者が主張する「過員を生じたとき」に該当することを理由とする解雇は、債権者には責任のない解雇(整理解雇)であり、この解雇が認められるための要件は、普通解雇以上に厳格でなければならず、<1>人員整理の必要性、<2>解雇回避努力、<3>債権者を被解雇者と選定したことの合理性、<4>解雇手続の相当性の四つの要件の検討が必要である。

(2) 債務者が主張するような莫大な損失が生じ、また生ずることが見込まれるのであれば、債権者一人だけを解雇しても何も解決しないのであり、債権者ただ一人を解雇しなければならない経営上の必要性があったとは考えられない。

(3) 債務者は、希望退職の募集や労働時間の短縮等の努力を全くせず、新規採用も平成九年四月一日まで行い、値下げの努力もしたとはいえない。このように、債務者は解雇回避努力をしていない。

(4) 債務者は、債権者の勤務成績が劣っていた、勤務態度が不良だと主張するが、客観性に乏しく、債権者を被解雇者と選定したことには合理性がない。

(5) 債務者は突如解雇予告の通知書を受けたが、債権者は債務者に二六年間勤務していた者であり、これだけ長い期間勤務した債権者を整理解雇の対象にするのであれば、その理由について詳しく説明するか、債権者と協議を尽くさなければならない義務のあることは信義則上当然のことである。しかるに、そのようなことは一切なされていないのであり、解雇手続の相当性を欠く。

(6) このように、本件解雇は前記四要件を一つも充たしておらず、解雇権の濫用であって無効である。

(二) 債権者の勤務成績・勤務状況不良の不存在

(1) 債務者提出の陳述書等に例として挙げられているものは、債権者のミスとはいえないもの、誰にでも多少はあるミスであるもの、実害が生じていないもの等であって、債権者の勤務成績が不良であることを示すものであるとはいえない。

(2) 債権者は、昭和六三年四月一日に一級一六号に昇給、同年一〇月一日に二級五号に昇格、同六四年一月一日に二級六号に昇給と、一年間に三回昇給している。更に、平成元年四月一日に二級七号に昇給、同二年四月一日に二級八号に昇給、同三年四月一日に二級九号に昇給し、同四年一月一日には成績良好を理由として二級一〇号に特別昇給し、同年四月一日には二級一一号に昇給している。更に、債権者は、平成五年四月一日に専門職に昇任し、同日付けで二級一二号に昇格し、その後も、同六年四月一日に二級一三号に昇給、平成七年四月一日に三級に昇任し、同日付けで三級八号に昇格、同八年四月一日に三級九号に昇給、同九年四月一日に三級一〇号に昇給、同一〇年四月一日に三級一一号に昇給、同一一年四月一日に三級一二号に昇給している。

右のような債権者の昇任・昇給の経緯から、債権者の勤務成績が不良であるとする債務者の主張が全く矛盾することが明らかである。

(3) このように、債権者に勤務成績・勤務状況不良はなく、これを理由とするものであるとしても、本件解雇は、解雇事由がないか、あったとしても解雇権の濫用であって無効である。

(三) 不当労働行為

(1) 債権者は、昭和五六年に債務者においてただ一人全労連全国一般労働組合に加入し、最初は非公然組合員であったが、昭和五八年には公然組合員になった。

債権者が公然組合員になってからは、毎年、春と秋に右組合東京地方本部が債務者に要求書を提出している(実際の提出は債権者が行っている)。これに対し、債務者も当初は要求に応じていたが、その後は簡単な回答をよこすのみで、一切要求に応じないでいた。

(2) 債務者は、債権者が組合員として、要求書を定期的に提出し、特に平成一〇年からは、賞与の査定の廃止要求及び業務課職員の仕事の軽減要求等その内容が活発化してきたため、債権者の存在が目障りとなってきた。

(3) 本件解雇は、真実は組合活動を理由に解雇したいところを、勤務成績不良などという理由にすり替えて行ったものであり、労働組合法七条一号に該当する不当労働行為であって無効である。

三  主要な争点

1  本件解雇の有効性

2  保全の必要性

第三争点に対する判断

一  争点1(本件解雇の有効性)について

1  前記争いのない事実、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 債権者の勤務実績・勤務状況等

(1) 債権者は、昭和四八年四月一日の採用と同時に業務課医療係(その後審査課と名称変更)に配置された。同係は、保険医療機関から毎月提出される診療報酬請求明細書を審査し、あるいは受診者等への受診内容の照会をする業務等を担当する部署であるところ、通常は二年くらいで業務に習熟するのが一般であるのに、債権者は三年経過しても、他の職員に比べて審査実績(不適正な、あるいは疑問のある明細書の発見の実績)が著しく低く、また審査内容にもミスが目立った。

(2) そこで債務者は、昭和五二年六月、債権者を業務係に配置換えした。同係は、事業主や被保険者・家族の資格喪失・標準報酬額の管理、被保険者から請求された保険給付金の決定等の事務を職責とする部署であるところ、通常は数か月で業務に慣れ、習熟するのに、債権者は業務に習熟せず、処理の誤り等が多かった。具体例としては、<1>事業主や被保険者からの届出書類を端末機から入力する際の入力ミス・入力漏れ、届出書類の事務処理後の送付先の誤り等、<2>誤った現金給付決定の繰り返し、<3>健康保険証の使用枚数の報告の誤り等が挙げられる。そして、これらの誤り等のため、被保険者あるいは関係者から苦情を受けることが度々あり、上司が債権者に代わって電話や相手方の自宅に赴いて不手際を詫びたり、誤りの発見のため他の職員が残業するなど、債務者の業務に支障を来した。

これらの点について、上司は繰り返し指示・指導したが、債権者は、指示・指導に対し、「忙しい」「一度言われても頭に入らない」などと言って自席に戻ってしまうなどした。

(3) 勤務状況についても、債務者の就業規則では始業時刻は午前九時と定められているが、債権者は五分ないし一〇分間程度の遅刻をすることが多く、そうでない場合であっても、始業時刻直前に出勤して出勤簿に押印し、その後に着替え、コンタクトレンズの装着等を行い、午前九時二〇分ころになって着席することが少なくなかった。また、休憩時間は午後〇時から午後一時までと定められているが、債権者は、事前に味噌汁を保温する等するため午前一一時三〇分ころから一五分程度離席し、勤務開始も午後一時一〇分ころになることが多かった。これら以外にも、債権者は、飲茶のため離席することが多かった。

債権者の上司らは、これらの点についても再三注意し、是正を促したが、債権者の態度は改まらなかった。

また、債権者は、実際にはスキーに出かけていたにもかかわらず病気と偽って有給休暇を取得したことがあり(昭和五二年一二月)、当日になって他の職員を通じて有給休暇を取得することもあった。

(4) 債務者は職員を毎年定期昇給させていたが、債権者については、昭和五三年四月から同五八年四月までの六年間昇給させなかった。債権者は、昭和五六年に総評(後に全労連)全国一般労働組合に加入し、昭和五八年に公然組合員になり、同組合と債務者が団体交渉をした結果、債務者は、昭和五六年四月一日まで遡り三年分だけ定期昇給させることとした。その後も債務者は債権者を昇給させ、平成四年一月一日には二級九号から二級一〇号に特別昇給させたが、この特別昇給は昇給テンポを早めた一級の職員との俸給額調整のためであり、他の二級以上の職員全員と同時にされたものであった。債務者は、平成五年四月一日に債権者を主任に相当する専門職に昇任させ二級一二号に昇給し、その後毎年定期昇給させ、平成一一年四月一日に三級一二号に昇給させた。

(5) 債務者は、平成一〇年度から、毎年六月(上期)及び一二月(下期)に勤務評定を実施するようになった。評定の対象となる一般職員は二〇名であったが、平成一〇年度上期、下期、平成一一年度上期とも他の職員はいずれも総合評定C以上であったのに対し、債権者のみがいずれも総合評定D(その下にEもあるが該当者はいない)であり、仕事の結果、仕事の仕方、部下の統率の仕方といった個別の評定要素ではE評定をした上司もあった。また、右勤務評定の際には、現在の仕事についての適性の評定も行われたが、概ね「適していない」とされ、債務者内では適する配置先がないともされていた。

(二) 債務者の業績悪化等

(1) 債務者の財源のほとんどは、事業主及び被保険者の納める保険料だけであるため、債務者の収入総額は、保険料額及び被保険者数の推移により増減するところ、被保険者数は平成七年四月をピークとして、それ以降大幅に減少した。そのため債務者は平成六年度に損失に転じ、経常収支は、平成六年度が六億一五四五万円、平成七年度が一〇億〇八〇九万円、平成八年度が一五億一三八七万円、平成九年度が八億四八八五万円、平成一〇年度が一億〇〇五九万円の各損失となり、同年度まで毎年損失を累積していた。

(2) そこで、債務者は、収支状況を改善するために、<1>政府管掌保険に加入している事業所に対する勧誘の働きかけ、<2>各種附加金の支給率や支給期間の減縮(廃止したものもある)、不要不急の事業の当面中止、<3>平成一〇年度からの保険料の引き上げ、<4>事務局経費関係では、会議室等の移転による賃借費用の軽減、平成九年度における職員のべースアップの凍結、平成一〇年度からの賞与支給基準の見直し、平成一一年度からの昇給方法の見直し等を行った。

しかし、債務者が平成一一年五月当時にした予測では、平成一一年度が七億二〇三四万円、平成一二年度が八億二七六九万円、平成一三年度が一二億三六九六万円の各損失となる見込みであった。

(三) 適正な職員数

健康保険組合の事務局の事務量は、概ね加入事業所数、被保険者数の増減に比例する。平成一一年四月末日当時、常務理事及び事務長を除く債務者の事務局職員は二五名であったところ、被保険者数(三万二〇七三人)を職員数で除した職員一人当たりの被保険者数は一二八二人で、債務者と類似規模の他の健康保険組合が一三三九人から二一五二人くらいであること、債務者自身も平成六年度当時は一四三五人であったことに比べると、平成一一年四月末日当時の債務者の職員数は一名から二名程度過大であった。

(四) 債権者の解雇

債務者は、前記(二)及び(三)を踏まえ、事務局合理化の一つとして、常務理事及び事務長を除く事務局職員二五名のうち一名を削減することとし、申立人の勤務実績が長期間にわたり低劣であり、使用者として可能な限りの改善努力を試みたにもかかわらず改善しなかったこと、債権者の勤務成績が職員の中で最低であったことから、債権者を解雇することとし、平成一一年五月二八日付け通知書を債権者に交付して同年六月三〇日付けで解雇した。

2  債権者は、その陳述書において、右の認定(特に1(一))と異なる陳述をしているが、上司から度々ミスを指摘され、指示・指導を受けていたことは自認しているところであって、右認定を覆すには足りない。また、債務者は債権者を昇任・昇給させてきたが、これは、債務者がもともと職員を毎年定期昇給させていたことや、労働組合との団体交渉の結果を踏まえたことによるものであるから、債務者が債権者の勤務実績や勤務状況を不良と判断していたことと矛盾するものではない。

3(一)  前記認定事実によれば、本件解雇は、もともと職員としての適格性を欠く債権者の処遇に苦慮していた債務者が、事務局合理化の必要が生じたことから、債権者の解雇に踏み切ったというものであるということができる。

そして、債務者が直接的には就業規則三〇条一項一号(労働能力や適格性の欠如)ではなく、同項二号(過員を生じたとき)に該当することを根拠としている以上、事務局合理化の必要という使用者側の事情による解雇(整理解雇)としての側面を中心にして、その有効性を判断するのが相当であるとしても、職員としての適格性の欠如という労働者側の事情による解雇という側面が加わっていることにより、整理解雇の有効性の判断の際に考慮すべき、<1>人員整理の必要性、<2>解雇回避努力、<3>被解雇者選定の合理性、<4>解雇手続の相当性の四点も自ずから修正されるというべきである。

(二)  まず、前記1(二)及び(三)によれば、人員整理の必要性が認められる。損失が莫大で職員一人を解雇しただけでは解決しないということは、人員整理の必要性を否定する理由とはならない。

(三)  債務者の経営改善努力、解雇回避努力は、前記1(二)のとおりであり、債務者が営利を目的としない公法人であり、したがって経営改善努力にも制約があることも考慮すると、債務者が解雇回避努力を尽くしていないとはいえない。なお、債務者は希望退職者を募っていないが、職員二五名程度の法人で、職員としての適格性において明らかに劣る者がいる場合に、希望退職者を募らなければならないと解するのは相当でない。

(四)  債権者の勤務実績・勤務状況等は前記1(一)のとおりであり、債務者が勤務成績を基準に債権者を被解雇者に選定したことには合理性があるというべきである。

(五)  債権者の上司らがこれまで債権者に対し指導等してきたことは前記1(一)のとおりであり、本件解雇に際し、改めて事前に説明をしなければならなかったということはできない。また、疎明資料によれば、債務者は、解雇予告後、労働組合との団体交渉に応じていたと認められる。したがって、解雇手続の相当性を欠くということもできない。

(六)  以上に検討したところによれば、債務者が債権者を解雇したことには客観的に合理的な理由があり、債権者を解雇することが著しく不合理で社会通念上不相当であるということはできないから、解雇権の濫用として無効であるということはできない。

4  不当労働行為との債権者の主張について

本件全疎明資料によっても、債務者が債権者の組合活動を嫌悪していたと認めるには至らず、かえって、解雇予告後も労働組合との団体交渉に応じていたと認められるから、債務者が債権者の組合活動を嫌悪して本件解雇をしたと認めることはできず、債権者の主張は理由がない。

二  結論

以上の次第であるから、債務者のした解雇は有効であり、その余の点について判断するまでもなく、債権者の申立ては、いずれも理由がない。よって、これを却下することとし、申立費用につき民事保全法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 飯島健太郎)

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